「民政維新は国民総がかり」―尾崎咢堂言行録(34)

敗戦後、尾崎は「民政維新」という言葉を使う。
新たな日本を形づくるため、国民一人一人の自覚と責任が必要であると説いた。

「誰かがやってくれる」「お上(行政)がやってくれる」―それは民主主義ではない。
一人一人が当事者として政治・社会と正面から向き合う。そして、一人一人がこの国をつくるという気概を持ち、「誰が正しいかではなく、何が正しいか」を考え抜きながら行動していく。

敗戦後まもない頃の尾崎の叱咤激励は、今の私たちにも当てはまるかもしれない。

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「民政維新は国民総がかり」

専制政治の国なら、独断専行、強力手段に訴えて、すぐに効き目のあらわれるような手の打ち方もあろう。しかし立憲政治の国では、国政を一人の力でおこしたり、ねかしたりすることは許されない。国民一人ひとりが自覚して、国難を救う政治に協力し、その責任を分担する以外に途はない。したがって、一服飲めばすぐ直るような薬はない。やっぱり、急がば回れで、国民の自覚・自主・自助・自制・自律を待つ他はない。…

…明治の王政維新は少数の勤皇志士でやり遂げたが、今度の民政維新は、国民総がかりでやらねば成就しない。…民政維新に最も必要なものは批判的精神である。上からの命令や指令を鵜呑みにして盲動するような国民では、とても民政維新を成就することは出来ない。行動する前に先ず批判せよ。それが誰からの命令・指令であろうとも一度自分の良心のふるいにかけて、しかる後に行動する。そして、その行動に対しては、どこまでも責任を取る覚悟を持った人々によってのみ、民政維新は成し遂げられるのである。

王政維新は形式的維新であった。頭の上のチョンマゲを切ったが、心の中のチョンマゲは切れなかった。立憲制度は輸入したが、これを運用する精神は輸入しなかった。近代文明の皮相は学んだが、これを生むにいたった根本の精神は学ばなかった。…

…民政維新は、王政維新のごとき単なる外形の上のサルの人まねに止まらず、進んで精神革命にまで徹底しなければならぬ。


以上『民主政治読本』(1947年・昭和22年)より


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プロフィール

石田尊昭

Author:石田尊昭
    尾崎行雄記念財団
    理事・事務局長
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【著書一覧】

石田尊昭
石田尊昭著『18歳からの投票心得10カ条』
(2016年)



尾崎行雄著/石田尊昭・高橋大輔編『人生の本舞台 復刻版』
(2014年)


民主政治読本 復刻版
尾崎行雄著/石田尊昭解説・編『民主政治読本』
(2013年)



田村重信編・石田尊昭・高橋大輔・高橋富代・小西孝実『尾崎行雄・咢堂塾 政治特別講座講義録』
(2013年)


石田尊昭 心の力
石田尊昭著『心の力』
(2011年)


50の言葉
石田尊昭著『平和活動家・相馬雪香さんの50の言葉』
(2009年)


咢堂言行録
石田尊昭/谷本晴樹著
『咢堂言行録 尾崎行雄の理念と言葉』
(2010年)


石田著作
相馬雪香・富田信男他編
石田尊昭(年譜編纂)
『咢堂 尾崎行雄』
(2000年)

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