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「尾崎行雄の魂を引き継いで」講演概要 (世界連邦運動協会)

去る5月25日、世界連邦運動協会で行なった講演の概要が、同協会の機関紙に掲載されました。
その文章に一部加筆したものを以下に転載します。

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「尾崎行雄の魂を引き継いで」(石田尊昭・尾崎財団事務局長)

■尾崎行雄が「憲政の神」と呼ばれるのは、一部のネットに記載されているような、「初当選以来連続当選25回、国会議員在職63年」が理由なのではない。その魂・信念ゆえに「憲政の神」と呼ばれるのである。尾崎記念会館(現・憲政記念館)も、尾崎の死後、その魂・信念を後世に伝える価値があるからこそ、寄付が集められ、建てられたものである。

■彼の願いは二つのフセン(「普選」と「不戦」)に集約される。今で言えば、民主主義と平和である。今でこそ、民主主義・平和という言葉が当たり前のように使われているが、当時それらを主張した尾崎は命を狙われ、娘・雪香にも危険が及ぶことがあった。

■五箇条の御誓文には「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スへシ」とあり、尾崎はこれを日本のデモクラシーだと考えた。ゆえにそれを基に作られた明治憲法のもとで、日本に立憲主義、議会制民主主義を打ち立てようと尽力したのである。しかし、時の藩閥・軍閥政治は、この明治憲法をないがしろにする「人の支配、力の支配」だった。それを本来の「法の支配」へ変えようとして憲政擁護運動を行なった。今からちょうど100年前のことである。

■実は尾崎は、「民権張らずんば国権伸びず」の言葉が象徴するように、「下からのナショナリズム」を唱える国家主義者、ナショナリストであった。同時に、武力主義を否定するものでもなかった。しかし、第一次大戦後の欧州視察(1919年)をきっかけに、「国家主義から国際協調主義へ」「武力主義から軍縮・平和主義」へと変わった。欧州を視察し、戦争がいかに不条理であり、勝っても負けても悲惨なことになるかを目で見、肌で感じた。

■東京市長時代(1903年~1912年)は、国政面であまり活躍していない。市区改正、上下水道整備、水源林確保、道路整備、街路樹整備といった生活インフラ整備を徹底的に行ない、地域社会・民衆生活と向き合った9年間である。それまでは、どちらかと言えば「国家」と向き合っていた尾崎であるが、東京市長時代は、いわば「民衆社会・民衆生活」と向き合った時代である。その経験があったからこそ、大戦後の欧州の破壊された都市、破綻した市民生活を目の当たりにした時、改めて「国際協調・平和主義」を決意したのではないか。

■尾崎行雄にも迷いがあり、葛藤があった。そうした迷い・葛藤があってこそ信念が強まる。「あの人が言うから正しい」と考えるならば楽であるが、「誰が正しいかではなく何が正しいか」について徹底的に向き合い、考え抜くことで不屈の精神・行動力が生まれる。

■尾崎行雄は76歳の時に「人生の本舞台は常に将来に在り」と述べた。これまでの迷いも挫折も必ず明日の糧となる。政治家として、また人間としての尾崎の信念や生き方を今に生かしながら、本日を機会に、世界連邦運動協会の皆さんと、これまで以上に協力・連携して活動していきたい。(了)


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プロフィール

石田尊昭

Author:石田尊昭
    尾崎行雄記念財団
    理事・事務局長
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【著書一覧】

石田尊昭
石田尊昭著『18歳からの投票心得10カ条』
(2016年)



尾崎行雄著/石田尊昭・高橋大輔編『人生の本舞台 復刻版』
(2014年)


民主政治読本 復刻版
尾崎行雄著/石田尊昭解説・編『民主政治読本』
(2013年)



田村重信編・石田尊昭・高橋大輔・高橋富代・小西孝実『尾崎行雄・咢堂塾 政治特別講座講義録』
(2013年)


石田尊昭 心の力
石田尊昭著『心の力』
(2011年)


50の言葉
石田尊昭著『平和活動家・相馬雪香さんの50の言葉』
(2009年)


咢堂言行録
石田尊昭/谷本晴樹著
『咢堂言行録 尾崎行雄の理念と言葉』
(2010年)


石田著作
相馬雪香・富田信男他編
石田尊昭(年譜編纂)
『咢堂 尾崎行雄』
(2000年)

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