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東京都立園芸高校『ハナミズキ百年祭』記念誌

去る4月10日、東京都立園芸高校で開催された「ハナミズキ100年祭」にて、「ハナミズキとサクラ―日米友好の軌跡」と題した記念講演をさせて頂きました。

本日、その記念誌を、園芸高校の同窓会会長・宗村秀夫さんより頂戴しました。
100年祭で行われた式典や植樹式の様子が写真と共に紹介されています。特に同校の学生たちが当日発表した調査研究の成果が大変分かりやすく掲載されており、ハナミズキ関連の史資料としても充実したものになっています。

以下、同誌に寄せた私の短文を掲載します。

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毎年春にワシントンDCのポトマック河畔を彩る桜は、1912年に日本から贈られたものです。

1909年、ヘレン・タフト米大統領夫人がポトマック河畔に桜の植樹を希望していることが日本に伝えられ、最終的に尾崎行雄東京市長が、市から苗木2000本を贈りました。しかしその苗木は、検疫で害虫が発見され、全て焼却されてしまいました。それを知った尾崎市長は、優良な苗を育成し、改めて贈ることを決めました。そこから、国の威信をかけた苗木作りが始まります。その重責を担ったのが、農商務省農事試験場園芸部の主任技師・熊谷八十三(くまがい・やそぞう)氏でした。

そして1912年、害虫も病気も無い苗木三千本がワシントンDCに到着し、無事ポトマック河畔に植樹されました。その苗木は、当時の専門家が驚くほど完璧な出来栄えだったといいます。

その3年後の1915年、今度は米国から日本に、桜の返礼としてハナミズキが贈られました。著名な農学者W・T・スウィングル博士が米国を代表し、白花ハナミズキ40本を携え東京市を訪れました。日本にハナミズキが入ってきたのは、この時が初めてです。また、返礼の花にハナミズキを推薦したのは植物学者D・フェアチャイルド博士でした。博士は、米国の子供たちが日本から来た桜を愛でる時、日本の子供たちも米国から来たハナミズキを見て喜んでほしいと願っていました。

東京都立園芸高等学校(初代校長は熊谷八十三氏)は、当時2本を受け取り、うち1本は100年を経た今も美しい花を咲かせています。寿命80年といわれるハナミズキを今日まで大事に育成管理し続けることは、並大抵のことではありません。それはまた、米国が日本に寄せた当時の思いを後世に伝えるということでもあります。

返礼のハナミズキが100年を迎えた今、日米両国がそれぞれの花に託した「親善と感謝の気持ち」に思いを馳せることで、その友情と絆はさらに深まることでしょう。

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プロフィール

石田尊昭

Author:石田尊昭
    尾崎行雄記念財団
    理事・事務局長
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【著書一覧】

石田尊昭
石田尊昭著『18歳からの投票心得10カ条』
(2016年)



尾崎行雄著/石田尊昭・高橋大輔編『人生の本舞台 復刻版』
(2014年)


民主政治読本 復刻版
尾崎行雄著/石田尊昭解説・編『民主政治読本』
(2013年)



田村重信編・石田尊昭・高橋大輔・高橋富代・小西孝実『尾崎行雄・咢堂塾 政治特別講座講義録』
(2013年)


石田尊昭 心の力
石田尊昭著『心の力』
(2011年)


50の言葉
石田尊昭著『平和活動家・相馬雪香さんの50の言葉』
(2009年)


咢堂言行録
石田尊昭/谷本晴樹著
『咢堂言行録 尾崎行雄の理念と言葉』
(2010年)


石田著作
相馬雪香・富田信男他編
石田尊昭(年譜編纂)
『咢堂 尾崎行雄』
(2000年)

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