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現実を直視した政治家・尾崎行雄

尾崎行雄は「二つのフセン」―「普選と不戦」の運動を展開した政治家です。特に、軍国主義が高まる中、自らの命を顧みず軍縮・不戦を説き続けたことから、「民主主義と平和主義の理想を一途に追い求めた政治家」というイメージがあるかもしれません。

日本に真の民主政治・立憲政治を実現させるためには、まずは国民一人一人が民主主義・立憲主義をきちんと理解し、その精神を身につけることこそが重要だ、と考えた尾崎。有権者・政治家双方に対して「民主主義とは何か、立憲主義とは何か」を説き続けました。そこには、「民主政治・立憲政治のあるべき姿・理想」を追い求めた尾崎の姿があります。

他方、民主主義の精神が育たぬまま、制度だけ出来てしまったのでは政治も社会も混乱すると考えた尾崎は、「普通選挙」は時期尚早だとして、長年「制限選挙論者」でした。それが、第一次世界大戦終結後の欧米視察(1919年)をきっかけに、実に60歳を過ぎてから「普通選挙論者」へと転換します。その直接の理由は、暴力的革命や騒乱を防ぐための「はけ口」を与えようという、きわめて現実的なものでした。

また、尾崎行雄は不戦・軍縮運動を展開し、政府・軍部と激しく対立します。様々な弾圧を受け、「国賊・非国民」と罵られ暴漢から命を狙われることもありましたが、その信念を曲げることなく、軍縮を説き続けました。そこには、「軍縮と国際協調こそが、日本の生き残る途だ」という強い信念がありました。

ただ、尾崎は明治期から、国際情勢に応じた軍備の必要性を唱え続けており、武力を否定するどころか、時には武力行使を奨励する「タカ派」として論陣を張ることもありました。それが「不戦・軍縮論者」へと転換したのは、上と同じく1919年以降です。その理由の一つに、大戦後の欧米視察を通じて「戦争の凄惨さ・不条理」を肌で感じたことがあります。しかし、軍縮を唱えた最も大きな理由は、当時の世界の流れが軍縮に傾いていたことと、軍拡は財政的負担が大きいという、きわめて現実的なものでした。

第二次世界大戦後、世界恒久平和に向けた「世界連邦構想」を提唱し、日本はその率先者としての役割を担うべきとした尾崎行雄は、常に、日本と世界のあるべき姿・理想を追い求めた政治家であったことは間違いありません。
しかし同時に、現実の政治においては、内外情勢を冷静に分析し、現実的視点からその時々に最も有効と思われる手段を選択していった政治家でもあります。

この「理想と現実のバランス」こそ、政治家・尾崎行雄を語るうえで、また尾崎の今日的意義を考えるうえで、注目すべき点だと思っています。

先日出版された『18歳からの投票心得10カ条』。
そこには、尾崎行雄の掲げた「投票心得10カ条」と「議員の資格10カ条」を載せています。尾崎の掲げる理想と、現実の政治・社会の狭間で、読者の皆様にも(若者から大人まで)大いに考え、悩んで頂ければと思います。そして、「理想と現実」を見据えながら、今の日本に本当に必要と思われる政治のあり方、有権者と政治家のあり方を、尾崎の言葉ではなく、皆様それぞれの言葉で考えて頂ければ幸いです。


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プロフィール

石田尊昭

Author:石田尊昭
    尾崎行雄記念財団
    理事・事務局長
**********************

【著書一覧】

石田尊昭
石田尊昭著『18歳からの投票心得10カ条』
(2016年)



尾崎行雄著/石田尊昭・高橋大輔編『人生の本舞台 復刻版』
(2014年)


民主政治読本 復刻版
尾崎行雄著/石田尊昭解説・編『民主政治読本』
(2013年)



田村重信編・石田尊昭・高橋大輔・高橋富代・小西孝実『尾崎行雄・咢堂塾 政治特別講座講義録』
(2013年)


石田尊昭 心の力
石田尊昭著『心の力』
(2011年)


50の言葉
石田尊昭著『平和活動家・相馬雪香さんの50の言葉』
(2009年)


咢堂言行録
石田尊昭/谷本晴樹著
『咢堂言行録 尾崎行雄の理念と言葉』
(2010年)


石田著作
相馬雪香・富田信男他編
石田尊昭(年譜編纂)
『咢堂 尾崎行雄』
(2000年)

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